スウェーデン発の医療機器メーカーであるアトスメディカルは、のどの癌により声帯を含む喉頭を全摘出した患者様が失った声や鼻の機能を回復・改善させる医療機器を世に送り出している企業だ。板垣社長は、喉頭摘出によって一旦声を失った方が「シャント発声法」で自然に話す様子に衝撃と感銘を受け、2013年に日本法人設立と同時に代表取締役に就任。患者様の「生活の質」向上に貢献することを目指し、日々の仕事に取り組んでいる。
携帯通信事業会社に新卒で入社し、約14年間を過ごした板垣社長。医療とは無縁の業界出身でありながら、アトスメディカルジャパンの代表取締役社長に就任することになった経緯をうかがった。
新卒で入社した携帯通信事業会社で過ごした約14年間は、営業職からキャリアをスタートした後、社内公募に手を挙げて新規事業開発や国際投資に携わるなど、幅広い領域の業務を経験させていただいたばかりか、世界中の多くの同僚やお客様との出会いの機会をいただき、ビジネスパーソンとしての自分の基礎が築かれた期間だったように思います。
その後、30代中盤になり、それまでに仕事で得た経験に加え、一念発起して米国のビジネススクールで2年間経営学を学んだことで、会社のターンアラウンドに貢献できるような仕事に携わりたい、との思いが強くなっていきました。元来田舎育ちでおっとりしているので、自分を敢えて厳しい環境に置き続けることでより一層成長できるかもしれない、と考えたのです。お世話になっていたメンターに今後のキャリアパスを相談したところ、眼科領域の外資系医療機器メーカーの経営層で活躍している知人が組織改革の右腕となる人材を探しているので話を聞いてみては、とアドバイスをいただき、ご縁があってその会社で事業戦略企画室を率いることとなりました。全く異なる業界への転身でしたが、幸いにも前職で経験した事業企画が職務だったため、あまり違和感なく馴染むことができたように思います。
その後3年半ほど経過したころ、エグゼクティブサーチ会社から、頭頸部外科領域のスウェーデン企業が日本法人設立の準備をしており、組織を率いる代表者を探している、とのお話をいただきました。役員の経験がない私にこのようなアプローチがあったことに当初は半信半疑でしたので、サーチ会社との面談後にインターネットでそのスウェーデン企業=アトスメディカルのことを調べました。すると、喉頭を摘出された方が「シャント発声」という方法で非常に自然な声でお話しされている動画が掲載されており、喉の進行がんを患った方は命と引き換えに声を諦めていらっしゃる、と思い込んでいた私は大きな衝撃と感銘を受けました。さらに、ヨーロッパの多くの国々では喉頭を摘出された方の9割以上がシャント発声を選択しているのに比べ、日本では(当時)保険適用の問題もあり、シャント発声でお話している方は僅か3%にとどまっており、中にはシャント発声法の存在を知らないまま筆談で過ごしている方もおられる、との現状が書かれていました。
まず、シャント発声法という選択肢があることを、喉の手術を受けられる全ての方に知っていただかなければならない。そして、普及の足かせとなっている保険の問題について何とか解決しなければならない。
私は、シャント発声の存在を知ったその日から、アトスメディカルの一員として、日本の患者様のために何ができるか・何をするべきかを考え始めていました。
創業後、特に思い出深いエピソードとして、患者団体との研修旅行と人工鼻の助成金普及活動を挙げていただいた。患者団体とアトスメディカルの活動により、喉頭摘出手術を受けた方を取り巻く状況は変わりつつある。
喉頭を摘出された方々の患者団体は全国各地に多数存在し、同じご病気を経験された方々の悩みごとや困りごとに関する相談会を定期的に開催しておられます。私たちは、創業当初より各患者会を訪問し、当社製品を使用されている方々のご意見に耳を傾けながら勉強を重ねてきました。当社製品をご使用になり、「手術後、長年悩んでいた痰が減って楽になった」「一度は諦めた声を取り戻して孫と会話することができた」といった喜びのお声を直接お聞きすることはこの上ない喜びであり、また、更なる品質改善・向上にむけたご要望・ご期待をお寄せいただくたびに、まだまだやるべきことが沢山あることを痛感しています。
創業初年度の2013年には、患者団体の皆様によるスウェーデンへの研修旅行にご一緒させていただきました。おっちょこちょいなガイドさんの引率で皆様と北欧観光名所を巡ったこと、毎晩お酒を酌み交わしながら皆様と沢山お話したこと、スウェーデンの患者団体との交流会や本社表敬訪問で通訳を務めたこと、どれを取ってもかけがえのない思い出となっています。
また、人工鼻の購入費用助成にむけた患者団体の取り組みにご一緒させていただいたことも忘れられません。
喉頭摘出手術後、患者様は、のど元に開いた永久気管孔と呼ばれる穴を通じて呼吸するようになります。すると、鼻を通じた呼吸ができなくなるため、外気の加温・加湿・除塵といった、従来鼻が果たしていた役割が失われてしまうのです。
この対策として、永久気管孔に装着する製品である「人工鼻」を使用することにより、加温・加湿・除塵機能をある程度回復させることができるとされていますが、当時は保険適用対象外だったため、患者様の購入費用負担が大きく、普及の足かせとなっていました。
そのような中、ある患者団体は、地方自治体に対して、日常生活用具給付事業の一環として人工鼻を給付該当品目に加えて欲しいとの陳情活動を進めておられましたので、私たちも協力させていただくことで陳情活動の幅が広がると考え、私も全都道府県の主要な役所を訪問して人工鼻の必要性を説明しました。
そのような活動が年々実を結び始め、2019年までには約400の自治体が人工鼻を日常生活用具給付対象品目に加えてくださったばかりか、2020年9月には待ち望んでいた保険適用が実現し、より多くの患者様が人工鼻を使用しやすい環境が整ったことは、患者様の生活の質向上にむけて大きな一歩であったと思います。
座右の銘として「Think Deeply, Act Quickly」という言葉を挙げていただいた。その背景には、板垣社長の患者様への強い思いがある。
当社は、「全ての喉頭摘出患者様にアトスメディカルという会社があることを知っていただき、製品やサービスを真心を込めてご提供することを通じて、患者様がより良い生活を送られることのお手伝いをする」ことを企業ミッションとして掲げています。
この使命を全うするために日々拘っているのは、「Think Deeply, Act Quickly」。
がんを患った方にとって、術後の1日1日はとても貴重です。当社の意思決定が不十分な議論のもとでなされたら、多くの医療従事者様や患者様にご迷惑をお掛けすることになります。
一方で、決定事項を1日でも早く導入し、速やかに患者様のお役に立てるよう努めなければなりません。この2つのバランスを適切に保ち、患者様のより良い「新たな日常」にむけてベストを尽くすべく、常に同僚と脳に汗をかきながら思考し、行動しています。
プライベートでは、毎朝のジョギングとテニスで身体を動かしている板垣社長。テニスを始めて7年、2022年は170試合に出場したという。テニスの試合でも座右の銘である「Think Deeply, Act Quickly」を心掛けているそうだ。
立場上、苦労が多いとか常にストレスを抱えていると思われがちですが、実はあまり感じていません。非常に楽天的な性格ですし、「患者様のお役に立つためなら難しい職務に立ち向かうのは当たり前」と考えていることも理由なのだと思います。
とはいえ、心と体の健康が第一なので、気分転換を兼ねてほぼ毎日体を動かしています。毎朝の公園ジョギングでは頭がニュートラルになり、時々仕事の良いアイデアが浮かびます。ジョギングの合間には、公園の広場で四股、反復横跳び、懸垂などをルーティンしているため、周りから見るとちょっと変わったおじさんだと思います(笑)。
また、7年前から始めたテニスはもはやライフワークです。テニスはフットワークやラケットワークに加えて、頭を使う「ヘッドワーク」も重要な要素となる戦略的なスポーツです。試合中の相手のポジション、返球速度と回転量、苦手な球筋やコースなどの傾向をゲーム序盤に頭に入れ、コートチェンジ間にこちらがどのような戦術を取るべきかを熟考した後、ポイント間やラリー間に生まれる瞬時の判断やひらめきも取り入れながらプレーしますので、私の座右の銘である「Think Deeply, Act Quickly」が凝縮されているように思います。腕を磨くほど楽しさが増しているため、昨年は草トーナメントのシングルスに170試合も出場してしまいました。
板垣社長からの若者へのアドバイスは「身近なロールモデルを真似ることから始める」こと。社長本人の体験に基づくアドバイスは、若者にとって学びが多いはずだ。
新社会人としての最初の数年間、私は恥ずかしながら確たる夢や目標もなく、学生時代の延長のような日々をただ何となく過ごしていました。
26歳の時に東京本社に転勤となり、久しぶりに会った同期生の目覚ましい活躍ぶりを目の当たりにして、ようやく「このままではダメだ」と気付きましたが、何から変えていけばよいのか分かりません。そこで、取りあえず優秀な同僚に付きまとって生活習慣を真似たり、毎日ランチに誘って仕事に対する考えなどを教わり自分に取り入れたりすることから始めました。
そして、仕事に対する意味合いや目的を自分なりに考え、目の前の仕事を単純にこなすのではなく、必ずアウトプットに責任を持ち、自分の言葉で100%説明できるようにすることを心掛けるようになりました。
すると、それまで他人事のように聞き流していた上司や同僚からのフィードバックがとてもありがたいものに感じられるようになり、「もっとスキルを磨きたい」という意欲が湧いてきました。
そうやって少しずつビジネスパーソンとしての自分なりの方向性や型を見出し、キャリアの歯車が噛み合い始めて、チャレンジ志向に変わっていったように思います。
これから活躍される皆さんの参考となれば嬉しく思います。
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