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一見無駄な努力も必要
一見無駄な努力も必要

一見無駄な努力も必要

奈良県立医科大学 麻酔科学教室 教授川口 昌彦

奈良県立医科大学 麻酔科学教室
教授
川口 昌彦

奈良県立医科大学を卒業後、麻酔科医として手術中の神経モニタリングを中心に業績を積み重ねてきた川口教授。「ピンチはチャンス」という前向きな姿勢で、「病院快適環境プロジェクト」や「MBT(医学を基礎とするまちづくり)」などの様々な取り組みをしている。川口教授のこれまでの歩みを振り返り、ポジティブさの背景に迫る。


手術中の神経モニタリングや周術期管理では、多職種チームでの取り組みが診療の質や安全の向上に寄与できるという。

 

キャリアにおける最大の成功は、オペ中の神経モニタリングへの取り組みです。

私が麻酔科医を目指したのは、当時はまだ麻酔科があまり知られておらず、今から道を作っていくパイオニアのような部分があったからです。外科や内科は道が確立されていましたが、自ら切り開いていける領域というところに魅力を感じました。また、分野がどんどん広がっているタイミングだったので、決められたものよりも自分に合っていそうだなと思いました。

オペ中の神経モニタリングを始めたのは、1993年です。当時勤務していた大阪脳神経外科病院には、脳外科医と麻酔科医しかおらず、毎日が脳神経麻酔でした。脳外科の先生より、手術中に運動機能をモニターできないかと依頼されましたが、電位を記録することができませんでした。手術中に神経が温存できているかを判断できないと、手術後に初めて麻痺が出ていることが判明し、リカバリーが困難な状態となります。

そこで刺激法や麻酔法など、様々なトライアルを積極的に行い、少しずつ運動機能のモニタリングができるようになり、現在ではオペ中の神経モニタリングはスタンダードになっています。また、モニタリングする機器の精度向上や安全性が高く、調節性の良い麻酔薬の普及によって、手術後に障害が起きる可能性は減少してきています。

現在は約8割の精度で異変を見つけられるので、今後はさらに精度を高め、手術後の神経障害を減らしていくことが目標です。日本臨床神経生理学会では、正式に術中脳脊髄モニタリング認定医・認定技術師の認定制度をスタートできるよう取り組んでいます。

また、神経モニターを実施するためには、人手が多く必要で時間もかかることから、まだ導入していない医療機関も少なくありません。奈良県立医科大学附属病院では、脳外科医・整形外科医・耳鼻科医・麻酔科医・臨床検査技師・臨床工学技士など多職種での神経モニタリングチームを実践しています。我々が担当している手術前から術後までの周術期管理の領域でも麻酔科医に加え、周麻酔期看護師、特定看護師、薬剤師、歯科衛生士、臨床工学技士など様々な職種と協働しています。多職種でのチーム医療は、診療の質や安全性の向上に寄与できると考えています。

その他のキャリアにおける重要な取り組みとしては、病院快適環境プロジェクトがあります。病院が快適な環境を提供することで、患者さんの気分をよくして、回復を促進するという試みです。「病は気から」という言葉通り、病院の退屈な環境が病気を悪化させている側面があると考えています。

具体的な取り組みとして、集中治療室に元気のでるビタミンカラーの装飾と内装をしたり、屋上にカメラをつけて外の景色をリアルタイムで見られるようにするデジタルウインドウ(疑似窓)の設置などがあります。人が歩いていたり、晴れたり雨が降ったりと、ちょっとした変化を感じることで、脳が刺激を受け元気になるんです。

また、ワコール株式会社から提供してもらったおしゃれなパジャマを入院患者さんに着てもらい、メイクをしてみんなで写真を撮り合う「パジャマdeおめかしプロジェクト」も実施しました。患者さんからは、非常に好評でNHKのニュースにも取り上げられました。

病院快適環境プロジェクトを通して、社会復帰を促したり、病院内で暮らさざるを得ない患者さんに外の社会と同じように喜びを感じてもらったりできるように活動が盛んになることを期待しています。

持ち前のポジティブさで、苦労したとしても失敗と捉えることはないという川口教授。強いて挙げるとするならば、もっと幅広い臨床経験を積んだ方が良かったと考えているそうだ。

 

考え方が前向きなので、大変なことがあってもあまり失敗と感じることはありません。あえて挙げるとすれば、若い頃にもっと幅広い分野の臨床を経験しておいた方が良かったのではと思っています。

私は脳神経外科や心臓血管外科の実績は多くありますが、新生児・小児麻酔などはしっかりと研修を受けていませんでした。できればそういう研修もしておいた方がよかったなと思うので、若い先生方には、積極的に幅広い臨床経験を積んでもらえるよう研修プログラムを作成しています。

得意ではない分野に取り組むことで、新たな発見があり次につながると考えています。振り返ると、神経モニタリング領域で全身麻酔下における運動誘発電位の振幅増幅法を発見したときは、あまり得意でない分野の執筆中でした。「これを使えるぞ!」と興奮したのを覚えています。

川口教授の座右の銘は「ピンチはチャンス」。何か困ったことがあっても、ポジティブに捉えて好転させるようにしているのだという。多職種チームで、時代のニーズに応じ速やかに変化できる組織を目指しているそうだ。

 

私の座右の銘は「ピンチはチャンス」です。仕事をしていても「困ったな、どうしよう」という事ばかりです。それをなんとか好転させよう、逆に楽しもうとすることで、これまで走って来れたのだと思っています。周りにも前向きなスタッフが多く、困難があっても落胆せず、常にポジティブシンキングで取り組んでいます。また、色々な職種が協働することも良い刺激になります。

ピンチをチャンスに変えた例として、費用の不足を解決するために企業との連携に力を入れるようになりました。代表的なものが、MBT(医学を基礎とするまちづくり)です。奈良県立医科大学の理事長・学長 細井裕司先生が積極的に推進されています。

MBTは、医学知識を企業などに投入することで、産業創生や地方創生、まちづくりに貢献することを目的とした活動です。MBTコンソーシアムは、医療者と企業との連携を取り持ってくれる一般社団法人です。

研究したいテーマを伝えると、MBTコンソーシアムの事務局が関心のある企業を探してくれ、企業が人手や資金を提供してくれるというシステムです。企業と連携するため、企業にとってもメリットがあったり、社会に還元できたりするような、実用的なテーマを取り扱うケースが多いです。

地元の靴下メーカーのモード・ユーニット工房株式会社さんと連携し、神経モニタリング時に使用できる弾性ストッキングの開発を行い、全国販売もしています。その他、シャープ株式会社、株式会社ワコールなどとも連携した取り組みを行ってきました。

学生時代から音楽が趣味だという川口教授。30年以上続けているバンドでは、医療現場をモチーフにした曲を発表している。ユーモアを感じさせる一面だ。

 

音楽が趣味で学生時代からドラム、パーカッション、作詞作曲などやっています。今のバンドは30年以上続いています。みんなで集まるのは月1回くらいで、ライブハウスで演奏することもあります。ジャズテイストのあるポップスといった曲調で、医療従事者だからこそ言えるメッセージを伝えています。

私は元々ドラム担当だったのですが、今はコンガ・ボンゴ・シェイカーなんかを並べて、曲のパートに応じて色々な音を出しています。「パジャマdeおめかしプロジェクト」を元にしたみんなが元気になれるような曲もあります。これからも、楽しみながら活動を続け、別のアプローチでの医療の一端になればと考えています。

奈良県立医科大学が進めている難病克服支援MBT映画祭では、実行委員長をつとめている。映画をとおして「みんなで守るいのち」を推進できる社会を目指しているという。

 

若い方たちには「一見無駄な努力も必要だよね」と伝えたいですね。私は1998年からカリフォルニア大学サンディエゴ校の神経麻酔部門へ留学していたのですが、新しい分野に取り組んでいることもあり、なかなか成果が出ませんでした。

厳しい状況が続くなか、上司がよく“Harder you work、luckier you get.”と言っていたのが印象的です。「一生懸命に働いたら運がついてくる」という意味なのですが、確かに無駄に見えるような仕事でも、色々やっていたらパッと運が開けて、チャンスが来ると実感しています。

若い方は、どの仕事が得かを考え最短ルートを進みたがる傾向にあります。ですが、何かを達成しようとすると機会やひらめきをつかまなければいけません。機会やひらめきをつかむには、色々なことを経験する必要があります。

一見するとキャリアにつながらなさそうな職場や症例も、実は非常に勉強になります。与えられた環境で前向きに取り組み、新たな知見を見つけることが重要です。身に付けた知見は、出会いやチャンスをつかむためのアンテナになるはずです。専門医取得だけではなく、現在の医療をアップデートするのも若手の皆さんの大切な使命だと思います。

私自身も、臨床や研究、学生の教育だけではなく、様々なチャレンジをしています。なかでも力を入れているのが、みんなで守るいのちをテーマにした「難病克服支援MBT映画祭」です。

希少な疾患を持つために社会から孤立しやすい難病患者の現状を多くの人に伝え、難病研究者や治療に携わる人たちを支援する取り組みの一環として、2021年から開催しています。全国から多くのいのちに関する短編映画を送っていただき、映画監督の方に審査していただきました。次回は2024年の1月13日に東京よみうり大手町ホールで開催します。

講演会などは来場する人が限られていますが、映画でしたらより幅広い人にアプローチできるはずです。医療や患者さんの抱える問題点を様々な角度から伝える映画が広がることで、難病やご病気の人たちが生きやすい状況やシステムを整える動きが生まれると考えています。

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