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精神医学は、自分らしく活躍できる場が必ず見つかる分野
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精神医学は、自分らしく活躍できる場が必ず見つかる分野

京都大学大学院医学研究科 精神医学教室 教授村井 俊哉

京都大学大学院医学研究科 精神医学教室
教授
村井 俊哉

自然科学への漠然とした関心から京都大学医学部に進学し、卒業後は精神科医の道へ進んだ村井教授。臨床を中心としたキャリアを重ね、2009年より京都大学大学院医学研究科精神医学教授として、方法論にとらわれず精神医学の臨床研究を展開している。30台前半、ドイツ・ライプチヒに留学し、ヨーロッパの長い歴史や成熟した文化に感銘を受けたことは、村井教授の人生観や仕事の流儀に大きな影響を与えている。村井教授のこれまでの歩みや精神医学の魅力、若者たちへのメッセージなどについて伺った。


精神医学の面白さは、取り扱う領域の幅広さとわからないことの多さ
自然科学への漠然とした興味から医学部に進学した村井教授。精神医学の道を選んだきっかけは、発達心理学の研究者であったお父様からのアドバイスだったという。「精神医学の面白さは、取り扱う領域の幅広さとわからないことが多い点」だと村井教授は語ります。

 

医学部を目指した理由は、広い意味での自然科学、特に生物学に興味があったからです。ところが医学部に入ってみると、医師とは私がイメージしていたよりもはるかに実務的な職業だということを知りました。呑気な話ですが、世の中のことを知らない高校生の判断なので、そんなものだろうと思います。

想像していた分野と違って、自分にこの仕事をやっていけるだろうかと心配になり、発達心理学の研究者をしていた父に相談したところ、「医師に違和感があるのなら精神医学に進むのはどうだろう」というアドバイスが返ってきました。一方で基礎医学という道も考えましたが、直感で精神科の道を選びました。

結果は、この仕事は自分には向いていたのだと思います。精神医学の面白さは、社会との関わりなど文系的な事柄と、脳科学のような理系の事柄と、どちらともつながりが大きい点です。私は好奇心が強いので、精神医学という分野の学問としての広がりは自分に合っていると今でも思っています。

一方で、精神医学は、他の診療科と比べるとわかっていないことが多いのが特徴です。わからないことが多いこと自体、チャレンジングなことが多いという意味で私には魅力的でした。ただ、それだけではなく、精神医学においては、わかることとわからないことが混然一体となっていることが魅力的なのです。本来わかるはずのことについては「人間の心のことは複雑なのでわからない」などとうそぶくのではなく、コツコツとひとつずつわかるようにしていく。一方で、原理的にわからないことは、それがわからないということを明らかにしたうえで、わからないなりに現実的な対処をしていく。こうした大局的な判断が精神医学には求められます。そのような判断・行動には、医学はもちろん医学以外の素養も求められます。こういう意味での「わからないことが多い」という点が、長くこの仕事をしていて、この分野はやりがいがあると私が感じることのもう一つの理由です。

若手時代にドイツ留学。ヨーロッパの歴史・文化に触れたのは一生の財産
1998年から2年半、旧東ドイツの街・ライプチヒに留学した村井教授。ヨーロッパの歴史・文化・価値観、そして時代の変化に触れ、価値観が大きく変わったという。

 

私の人生に大きな影響を与えたのは、ドイツのライプチヒへの留学経験です。ドイツで過ごした数年間で、私の価値観や人生観は大きく変わりました。日本との比較において、ドイツは国として成熟している印象を受けました。ヨーロッパを知った上で日本を見ることで、自国に対する見方が大きく変化しました。

私が留学した1998年〜2001年は、1989年にベルリンの壁が崩壊してから、そう長くは経過していない時期です。ライプチヒは旧共産圏の街なので、ドイツの統一により人々のメンタリティが大きく変化し、さまざまな社会問題も生じていました。この時期にライプチヒで暮らすことによって、ある意味、伝統のヨーロッパと変化するヨーロッパの両方を体験することができたともいえます。この当時の旧東ドイツ地域では、街で生活するには英語だけでは不十分でしたので、ドイツ語も必要に迫られ話すようになりました。日本に来ている外国人に置き換えて想像していただくとおわかりいただけると思いますが、その国の言葉を多少なりとも理解できるかどうかで、体験の質は大幅に変わってきます。

ドイツ統一から日の浅い時期でしたので、私が研究者として滞在したマックスプランク認知神経科学研究所も、設立されて間もない研究施設でした。そういう意味でも刺激の多い環境だったと思います。好奇心の強い私にとって、若い時にこの街で過ごせたのは大きな財産になっています。

その場の縁や直感で人生を選択。思い切った挑戦で道が開けた
キャリアにおける失敗についてうかがったところ、「キャリアパスという考えそのものがなかったので失敗か成功かはわからない」という村井教授。その時々の縁や直感で、人生を選択してきたと話します。

 

ずっとこれまで、その時々のご縁や直感で人生を選択してきたため、実は教授に着任するまで、「キャリアパス」という言葉自体知りませんでした。

精神科に進んだのも、ほとんど下調べせず、半分直感で決めていますし、留学先として一般的なアメリカやイギリスでなく、ドイツ、それも旧東ドイツ地域を留学先に選んだのも、いったいこの地域は今どうなっているだろう、という好奇心からの直感でした。

先のことを考えて、ひとつずつステップを踏んで進んできた人生ではありませんので、私のキャリアが成功なのか失敗なのかは正直わかりません。ただ、熟慮せず飛び込んでみて、飛び込んだ以上、それでよかったのだ、と自分で納得し、それを繰り返しているうちに今に至ったということになりますね。

とはいえ、若手の方から将来について相談されたら、このようないきあたりばったりの生き方を勧めるような無責任なことはしていません。最近では私も「キャリアパス」という言葉をよどみなく使えるようになり、熟慮の上でのアドバイスを心がけています。ただ、一度きりの人生ですので、安全志向で無難な道を選び続けるだけではなく、ここ一番というときには、先の見えない選択をすることも大事ですよ、といった話はしています。

仕事と余暇に区別をつけない、シームレスな生き方が理想
プライベートの過ごし方についてうかがったところ「仕事と余暇に区別をつけず、シームレスにしたい」という村井教授。仕事と趣味を切り分けず、楽しんでいるのだという。

 

半分冗談なのですが、仕事と余暇を切り分けず、両者をシームレスにしたいと考えています。これは働き方改革やワークライフバランスが重視される時代に真っ向から逆らう価値観ですが、趣味も仕事も同じような感覚になることが人生の理想です。つまりどちらも真摯に楽しみたいと思っています。例えば仕事の合間にそのままの服装で里山歩きに向かうこともあります。遭難しない程度の装備、仕事先で失礼にならない程度の身だしなみの、ぎりぎりのところでやりくりしています。Covid-19で外出が制限されていたときには、ずいぶんと読書量が増えました。各国の歴史や思想など、精神医学以外のテーマ(しかし、最大限広い意味では精神医学とつながっているテーマ)の本を読み漁りました。

こうした生き方について、私は他の人に同じようにしてほしいとは思っていません。現在は、教室の管理職の立場にありますが、教室員や職員の皆さんのワークライフバランスが保証された職場環境をボトムラインとして守るように心がけています。このボトムラインを押さえた上で、あとは、皆さん、好きな生き方をしていただければ、と思っています。

精神医学は非常に幅が広い分野。やりたいことを実現できる場が必ず見つかる
若い人たちへのメッセージとして、「既存の価値観にとらわれずユニークな人生を送って欲しい」という言葉をいただいた。医師のキャリアは、30年・40年と長く続く。興味や価値観が変わってもやりたいことを実現できるのは、精神医学の大きな魅力といえるだろう。

 

精神医学は非常に幅が広い分野なので、「自分に何が向いているかわからない」という方であっても、学んでいくうちに、何かひとつは好きなことを見つけられるのが魅力です。自然科学の一分野としての医学という観点だけでなく、精神医学は哲学や歴史といった文系の学問とのつながりもあります。さらには、直接的な社会実践など、本当にさまざまな切り口からアプローチできます。当初は、医学という分野の実務的な側面(採血をするとか診断書を書くとか病院の収益のことを考えるとか)に恐れをなして、精神医学ならそういうことは比較的少ないだろうと想像して、この分野を志した私ですが、年齢を重ねるにつれて、実務的なことにも積極的に関心を持つようになっています。精神疾患の多くは、医学による治療だけでなく、精神疾患をもつ人に対する社会の理解によって大きく変えられる、そういう性質があります。社会のあり方や仕組みを変えていく、ということも、今の私にはとてもやりがいのある取り組みとなっています。

医師の多くは自分で選んだ診療科を、30年・40年続けます。しかし、長い年月にわたってキャリアを歩むうちに、興味や価値観が変わっていくかもしれません。精神医学は、臨床現場で患者さんの診療に携わる・最先端の研究に打ち込む・社会問題に取り組むなど、職業人としての自己実現の幅が非常に広い、そういう領域です。皆さん一人一人、自分自身がやりたいことを実現できる場が必ず見つかると思います。

以上、「自分らしく自由に生きましょう」といった趣旨のことを述べてきました。しかし、これは簡単なようで難しいことです。私自身、「自分らしく自由に生きよう」といつも心がけていますが、既存の価値観に従っていたほうがずっと楽だと感じることもあります。しかし、一度きりの人生です。是非、皆さんお一人お一人が、自分らしいユニークな生き方を選んでいただければと思っています。

精神医学は、どんな方であっても、その人らしい自由な働き方・生き方を実現できる分野です。自分で自分の人生を選び取っていく、そういうユニークな人生を目指す方には非常におすすめです。

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