不妊治療のニーズが高まるなか、2019年に設立された株式会社IVFラボ。IVFラボは、ART(生殖補助医療)ラボを持つ不妊症治療専門施設を支援・指導する専門コンサルタントだ。胚培養士として30年以上のキャリアを持つ武田代表に、キャリアや胚培養士の未来について伺った。
キャリアにおける成功体験として、興味を追求して学位を取得したことを挙げていただいた。日本の不妊治療の創世期から、胚培養士として活躍し、技術だけではなく、研究面でも打ち込んできた武田代表。体外受精技術のなかでも、特に精子に着目し、新しい精子選別法を開発したという。
私にとってキャリアにおける成功体験と言えるものは、自分の興味を追求して学位を取得出来たことだと思います。このことが今の仕事に繋がっています。私は、もともとは臨床検査技師を目指して進学し、国家資格を取得しました。就職先を決めるタイミングで学校から、新たに開設される日本初の生殖補助医療専門病院で臨床検査技師を募集していると紹介され、どのような仕事かもわからないまま、思い切って飛び込みました。当時は、日本でやっと不妊治療が始まったくらいの時期で、世間ではまだほとんど認知されていませんでした。
私が就職したスズキ病院(現 スズキ記念病院、宮城県)は、1983年に日本で初めて体外受精に成功した鈴木雅洲先生(東北大学)が創設した病院です。そこで私の胚培養士としてのキャリアがスタートしました。実際に取り組んでみると、まだ全く普及していない技術で、非常に興味深く、仕事がとても楽しく思えました。
体外受精とは一言で表すと、精子と卵子を身体の外で人工的に受精させる技術です。胚培養士の技術のなかでも、顕微鏡を使用した顕微授精は特に重要な分野です。顕微授精には何種類かありますが、もっとも代表的なものは卵細胞質内精子注入法(以下ICSI: Intracytoplasmic sperm injection)という、ガラスの針で卵子のなかに精子を注入する技術です。
ICSI技術を習得して分かったことは、確実に精子を卵子に入れているはずなのに、100%受精するわけではないことです。理論的には100%受精するはずなのに、どうしてなのだろうと疑問に思いました。さらに、疑問に思ったことがあります。自然に妊娠する場合は、卵子が排卵されるのは基本的に1個だけなのですが、射精される精子の数は1回に1億個以上といったレベルです。その中で受精できる精子は1個であり、ほとんどの精子が無駄?になるのがすごく不思議だと感じました。受精できない精子にも何らかの役割があると考えられます。
私の研究テーマは、ICSIに関連して“いかに良い精子を選別するか”でした。ICSIでは、見た目の形や運動性などから、胚培養士が “良い” と思う精子を選んで注入します。そこで気が付いたことは、人間の精子は他の動物(家畜や実験動物)に比べ、不思議なことに形が悪い奇形精子が非常に多いということです。しかし、奇形精子しかいなくとも、異常のない赤ちゃんが生まれて来ることが分かっています。つまり、奇形精子は異常精子とは言えない可能性があり、何らかの役割を担っているものと考えられます。
研究を続けるうちに、膣内に射精された精子が自然に子宮の中に入り、卵管の中で卵子に到達する現象を体外で再現して選別出来たら良いなと考えました。そして完全に再現できたわけではありませんがその一部を再現した方法を考えつきました。その方法について簡単に説明いたします。子宮の入り口に子宮頸管といわれる部分を通って子宮内に侵入する最初の関門があります。子宮頸管からは、排卵が近づくとホルモンの影響で子宮頸管粘液が大量に分泌されるようになります。精子は子宮頸管粘液中を泳ぎ、子宮のなかに入ります。頸管粘液には粘性があり、前進するには大きな抵抗が生じていると考えられます。そのため頸管を通る過程で“運動性が良く奇形の少ない良好精子”の割合が多くなり、子宮内に到達できると考えられます。その環境・仕組みを体外に再現した新しい精子選別法を開発できたのは、私にとって非常に大きな成功でした。
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